「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第101話

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帝国との会見編
<会談に向けての悪あがき>



 びっくりが満載のパーティーが終わり、私たちは一旦控え室へと引っ込んだ。
 何せこの後、皇帝陛下との会談があるのだからダンス用のドレスから会談に相応しいドレスや装飾に変えないといけないし、汗や食事で落ちた化粧も直さないといけない。

 そして何より。

 「ギャリソン、バハルス帝国皇帝、エル=ニクス陛下の情報を頂戴。調べてあるんでしょ?」

 そう、今から行う会談相手の情報を得なければいけないのよ。
 急な事なので完璧に対応するなんて事はできないだろうけど、まったくの丸腰で一国の王と対峙するなんて度胸は私には無いから、少しでも悪あがきをしておこうと考えたのよね。

 そこで困った時のギャリソンさん。

 メルヴァとギャリソンは優秀だから、いずれ必要となるであろう情報は絶対集めていると思うのよ。
 だからこの話を振ってみたんだけど、

 「はい、此方が要約したものでございます。また、この中で特に注意を引かれ、詳しく御知りになりたい内容がございましたら御申し付けください。別途に詳しく解説した資料を用意してございますから、それをお渡しします。また内容でご質問があれば、私の説明できる範囲でしたら御説明致します」

 そう言ってギャリソンは私に3枚の羊皮紙を渡してきた。
 ほらね、やっぱり持ってた。
 ついうっかりを繰り返す私と違って彼の仕事にはまず手落ちがないから、こう時は本当に役に立つのよね。

 「ありがとう」

 私はギャリソンに一言礼を言った後、衣装や装飾品の準備に忙しそうなヨウコたちを横目に見ながら、その資料に目を通す。
 そこには皇帝の生い立ちや即位してからの功罪、イーノックカウやこの周辺地域で調査した評判、そして実際に起こったエピソードから推察される性格が書かれていた。



 へぇ、皇太子の頃から騎士団を掌握してたのか、これは即位後すぐに行った粛清を見越しての事みたいね。
 鮮血帝とか言われていると聞いていたからもっと荒々しい性格の人なのかと思っていたけど、帝国国民からは慕われ尊敬もされているみたいだし、今日会った時の印象や、このように前もって用意周到に準備を整えておいて時が来たらすかさず行動に移している所を見ると、実際は粗野な部分はあまりない、冷静な策略家ってところなのかしら?

 それに今回のはたぶんロクシーさんの発案だとは思うけど、それでも今日のようなサプライズ来場ドッキリを仕掛けるのを了承したり、いきなり私をダンスに誘ったりした所を見ると、案外茶目っ気もある人物なんじゃないかなぁ?

 これに関してはギャリソンの資料にはないから、ちょっと聞いてみるか。

 「ギャリソン、私の見立てなんだけど、今日のサプライズ訪問や私をいきなりダンスに誘ったりした事から、かなり茶目っ気がある人のように私は感じたけど、あなたの見立てではどう?」

 「はい。私が集めた情報からはそのような面は見受けられませんでしたが、アルフィン様が仰られる通り今日の皇帝からはそのような印象を受けました。私が集めた資料はこの近隣の者からの物のみですから、もしかすると帝都や帝城ではそのような姿を見せており、そのような評価をされているのかもしれません。しかし政略謀略に長けた人物のようですから、今日一日だけの印象をそのまま鵜呑みにするのは危険かとも愚考いたします」

 私はギャリソンの返事のある一部分に引っかかりを感じ、それを注意する。
 だって、誰かに聞かれたら一大事だもの。

 「ギャリソン、皇帝”陛下”、よ。魔法で盗聴されていないのは確認しているけど、何かの拍子で口や態度に出る可能性があるから、私たちしかいない場であったとしても言葉にする時は皇帝陛下と呼ばないと絶対にダメ。ん〜、でもそうか」

 確かに私たちの前だけで装っている可能性もあるのか。
 でも大国の王相手ならともかく、高々都市国家の女王程度相手にそこまでするかなぁ? とも思うのよねぇ。
 だって、私を騙して罠にはめてもバハルス帝国にそれほど大きな利があるとも思えないし、一度演技をしてしまったらそれを訂正するのは案外難しいから、よほどの理由がない限りはそんな面倒な事はしないと思うのよ、私は。

 そうねぇ、どちらかと言うと・・・。

 「ねぇギャリソン、茶目っ気があるというより私の事をあまり重きに置いてないから公務の息抜きに遊んだだけって事はないかしら? 資料を見た感じ、策略家ではあるけどそれ程厳格な人って感じではないみたいだから、戦争が近づく中、地方に来て見目麗しい小娘が居るからちょっとからかって遊んでみよう位のつもりで」

 「アルフィン様を軽んじていると言うのですか。・・・それは万死に値しますね」
 
 ギャリソンの目に狂気が走る、っておいおい。

 「だからぁ、いつもは冷静なのになぜ私の事となるとそんなに沸点が低いかなぁ。後、ヨウコとサチコも殺気を振りまかないの。見なさい、シャイナは余裕の表・・・ねぇシャイナ、なぜあなたは微笑みながら愛刀の紅桜をアイテムボックスから出しているのかしら?」

 シャイナの愛刀、大太刀”紅桜”。
 赤い刀身に桜色の波紋が美しく、鞘から抜いて飾っておくだけでもかなりの価値を見出されるであろうそれは、シャイナの持つ刀の中でも切れ味だけなら一番と言っても良いほどの業物だ。
 でもシャイナ、そんなものを持ち出してあなたは一体何をするつもりなのかしら? 

 「他意はないわ。ただ無性に、この刀身を見たくなっただけ」

 「言っておくけど、皇帝と会うときは帯剣は許されないから持っていけないわよ」

 「大丈夫よ、さっきまでと同じ様にちゃんとアイテムボックスに入れて持ち運ぶから」

 そう、それなら大丈夫ね、ってそんな訳けないじゃない! まったく、普段はみんな温厚なのになぜ私の事が絡むとこう、好戦的になるかなぁ? それに私の予想した通りに皇帝がそう思っているとは限らないじゃないの。

 「あのねぇ、私の事を重きに置いていないと言うのはあくまで私の想像であって実際は違うかもしれないのに、みんなそんな調子でどうするの? 特にギャリソン、あなたは使用人統括なんだから本来ならヨウコたちを止めて諭すべき立場でしょ。真っ先にいきり立ってちゃダメじゃないの」

 「申し訳ありません、アルフィン様」

 「それとシャイナ、その物騒な物は持ち込み禁止ね。サチコに預けておきなさい」

 「え〜」

 「え〜じゃありません。大体、ただ会談に行くだけなんだからそんな物はいらないでしょ。第一、そんなものがなくても私たちを害する事がこの国の人たちに出来るはずがないんだから」

 不満そうなシャイナに私はそうきっぱりと告げる。
 私としては穏便に、何事も無くこの会談を終えたいんだから少しでも不安の残るような事は排除しておきたいもの。
 シャイナには武器などではなく、その美貌でバハルス帝国と対峙してほしいのよね。

 「とにかく、威嚇も敵対行為も無し! 何があっても友好的に接する事。例え挑発されても、絶対に乗ってはダメよ」

 「挑発? 挑発される可能性があるとアルフィンは思っているの?」

 私の言葉があまりに意外だったのか、それともこれまでの行動自体がただの遊びによる悪乗りだったのかわからないけど、先程までの不満顔をどこかにやってシャイナは私の言葉に飛びついてきた。
 でも、そこまで驚く事なのかなぁ? あちらがこの会談で此方を挑発する可能性があるって話が。

 「可能性っていうか、普通にしてくるんじゃないかなぁ? この報告書を読むと色々と策を練ってくる人みたいだし、本人は友好的だけど部下の騎士、さっき皇帝陛下と一緒に居た男の人だけど、あの人あたりが失礼な態度を取るとかはしそうじゃない? 人を驚かしたり、怒らせたりした方がその人の本質が見えるからね」

 これは一般的によく使われる方法で、面接で突拍子もない質問や行動を取らせて相手の反応を見るのもこの方法の一つ。
 皇帝からすれば私たちが何者で、どんな思想を持っているのか解らないのだから、此方の仮面をはいでその本音を聞きたいと思うのが普通だもの、どこかで仕掛けてくると私は考えているのよね。

 「なるほど、何を言われてもアルフィンは相手の挑発に乗る事はないだろうけど、私やギャリソンが自分の国の女王を蔑ろにされた時にどう反応するかを見て、私たちが何を考えているのか判断材料にするかもしれないというのね」

 「そう。それなのにちょっとした挑発で今みたいな反応をされてしまうと、此方に何か不利益な事が少しでもあると対立する事になるかもしれないなんて考えられてしまう可能性だってあるもの。だからこその忠告。もう一度言うけど、絶対に挑発に乗ってはダメよ。態度だけじゃなく、顔や雰囲気に出してもだめ」

 そう言って一拍置いてからシャイナのほうに向き直る。

 「シャイナ。あなたは特に気をつけないとダメよ」

 「えっ! 私?」

 私の言葉にシャイナは自分の方を指差し、大きく目を見開いて驚いた顔をする。
 
 「ええ、ギャリソンは家令だと思われているから挑発はされないと思うから、もしやってくるとしたらあなたに対してだろうと私は考えているのよ。それにボウドアの話やカロッサさんの館で鎧型の鉄塊を切り裂いた話は多分伝わっているだろうから、特にあなたがどれだけ我慢強いかを向こうは知りたいと思っているだろうしね」

 「なるほど、確かに私の沸点が低ければ脅威と感じるかもしれないわね。私とアルフィンは基本同格と伝えてあるから、私が激昂したときにアルフィンの静止がどれだけ効くかもわからないし。解ったわ、気をつける」

 「うん、お願いね」

 この心配については、これだけ釘を刺しておけば良いだろう。
 と言う訳で、私はもう一度羊皮紙に目を落とす。



 えっ!? 貴族を大粛清をしたとは聞いていたけど、実の兄弟までまで処刑したの!? ん、でもこれには注訳があるか。
 なになに、前皇帝である父は・・・母である皇后に毒殺されたぁ!? で、その事からこの様な暴挙も平気でできる程度に心が壊れているんじゃないかって言われてるの? 何それ、ちょっと怖い。

 私からすると想像もできない話だけど、母親が父親を毒殺するって一体何があったのよ?
 利害が対立する可能性のある親兄弟ならともかく、運命共同体でもある夫婦間でと言うのは貴族や王族の間であってもそうそうある事じゃないわよね? そんな状況になったらそりゃ心のどこかが壊れるかもしれないだろうけど、その上自身も兄弟まで殺しているってどれだけ壮絶な人生送ってるのよ、あの皇帝陛下は。

 そう思って先ほどの皇帝の顔を思い浮かべる。
 あの人がねぇ・・・そんな風には見えなかったけど。

 ぶるっ。

 一瞬、体が震える。
 皇帝と言う立場に居るからか、それともそういう教育を受けてきたからなのか、それはそのような態度をまるで表に出さない彼に私がなにやら恐ろしいものを感じたからだ。

 普通に見えるが普通ではない人。
 私はこの一文を読んで緊張し、この後に控えている皇帝との会談は特に気を引き締めて掛からないといけないと心の中で強く決意した。

 ところが、

 「すみません、アルフィン様。会談に向けて資料を読まなければいけないのは重々承知しているのですが、そろそろドレスのお召し変えをしていただきませんと、化粧直しをする時間がなくなってしまいます」

 「え? ああ、そうね。解ったわ。ごめんね」

 そんな私の強張った思考は、ヨウコのこの一言で霧散してしまった。
 と同時に、よく考えたらそこまで気負う必要はないんじゃないかも? なんて考えまで頭を擡げてきたのよ。

 なんと言うかなぁ、皇帝陛下が壮絶な人生を送ってきたと知って、つい私までシリアスに引っ張られてしまったけど、だからと言って私はこの国の人間じゃないし彼の人生が私たちに何か影響を与えることも多分ないと思う。
 それに気が付くと、ただ単にこれから隣国の王と会うというただそれだけの事なのに、私は何を深刻ぶっていたのだろうなんて考えて少し笑えてくるのよね。

 多分、ずっと自分のことを女王だと口にしているうちに自己暗示にかかって居たんだろうけど、実際の私はそんな大層なものではないんだから女王として完璧に皇帝陛下と相対するなんて事はできないとも思うのよ。
 だからこそ気を張って頑張ろうとすればするほど、どこかに無理が出てボロを出しやすくなるだけなんじゃないかなぁ。

 そう、私は小国の女王を押し付けられただけのあまり物を知らない小娘、その程度の認識でいくべきよね。
 できもしないのにまともに相対しようなんて大それた事を考える方が間違っているのだから。



 今までのシリアスモードからいつもの、のほほ〜んとした思考に戻った事によって私にもかなりの余裕が出てきた。
 と言う事で、通常営業な心持ちで話を薦めることにする。

 「ドレスだけど今日最初に着てきた奴はロクシーさんに一度見られちゃってるから、そのまま同じものと言うのは芸がないわよね。セルニアのことだから別のドレスも数着持たせているんでしょ? 一通り見せて。あと、アクセサリーはパーティーじゃないんだから控えめで」

 そこまで言って私はある事を思い出す。

 「そうねぇ、カロッサさんの館に初めて行った時につけていた毒と麻痺、それに精神支配の抵抗が中程度上がるペンダントがあるでしょ? あれが良いんじゃないかなぁ。多分あのペンダントに関してもあちらに伝わっているだろうし、あれをつけているだけで飲食物に関して毒の有無の検査をするなんて野暮な行為をしなくてもよくなるから」

 30レベル程度のプレイヤーがつける装備だけど、鑑定したリュハネンさんが毒に対しては完全耐性が付くと言っていたから多分この世界で手に入る毒なら全て防げると言う事なんだろう。
 そんなものを装備しているのに毒が入っているかどうか調べる方が不自然だ。
 だからこそ誰かに毒見をさせることも検査の為の道具も使うことも必要が無くなり、またそのような行為で相手から自分を疑っているのか? と言いがかりを付けられるのを防ぐ事もできるからね。

 「ですが、そのような物を付けて行っては、かえって不興を買う恐れがあるのではないですか?」

 「それは大丈夫よ、何せあのペンダントはシャイナ曰く我が国の秘宝の一つらしいもの。皇帝陛下の前でつけるに値するペンダントだと言えると思わない?」

 私はそう言ってヨウコに笑いかける。
 あの時のシャイナの言葉は、こういう所でも意味を持ってくるのよね。
 まぁ、本人はあの場で思いついた事を口にしただけで、後々の事なんて考えてはいなかっただろうけど。

 「はははっ、なるほど、私のファインプレイと言う訳か」

 「そうよ、おかげでこの国の中でなら毒見をする必要はなくなったわ」

 そう言って私とシャイナは笑いあう。

 ロクシーさんと初めて会った時は本来、まるんが会うはずだったところを急遽私が会うことになったと言う体だったから使えなかった、と言うより使わなかったけど、以後はこのペンダントに活躍してもらうのが良いだろう。

 ・・・すみません、見栄を張りました。
 たった今思い出して使う事にしただけです・・・って、私は誰に謝ってるんだろう?

 「ところでアルフィン。あなたは、ここでも新しいドレスに着替える方が良いと考えるんだよね。なら私も替えたほうがいいかな? 」

 「今のあなたの姿のままだと会談に加わるにはセクシーすぎるでしょ。そうねぇ、シャイナは赤のドレスのイメージがあるけど、折角だから趣向を変えて別の色を選んだ方が良いんじゃないかしら? あっでも、そもそもあなたのドレスは全部背中が開いているセクシーなものだから皇帝陛下と会談する場には向かないか」

 ん〜、どうしよう? あっそうだ!

 「ヨウコ、あなたとサチコのドレスも念のため持ってきているんでしょ?」

 セルニアの事だからきっとと思い立って聞いてみたところ、私の問いにヨウコが頷いて肯定する。

 「はい。私もサチコも2着ずつですが、持って来ております」

 「その中からシャイナに合いそうなものを選びましょう。私のドレスでも良いけどシャイナには可愛い系のドレスは似合わないし、ヨウコやサチコが着るドレスの方がイメージ的に合うと思うよ」

 こうして着々と準備は進む。

 「化粧はどうしましょう?」

 「薄めでお願い。威厳を出そうとしたら女王らしいメイクが良いんだろうけど、今回は皇帝陛下との会談だから返って逆効果になりそうだし、私の容姿だと無理して背伸びをしてる感が出ちゃうかもしれないものね」

 「アルフィン、なら私は?」

 「シャイナもナチュラルで。私は薄めなのに、シャイナがバリバリにメイクしてたらおかしいでしょ? それにその方が効果的だと思うしね」

 シャイナの美貌は華であり武器でもあると思う。
 だからこそ化粧で隠すのではなく、そのままの美しさを強調する方が良いと思うのよね。
 皇帝陛下はそんなことでごまかされたり判断を誤ったりはしないだろうけど、うまくすれば護衛の騎士やお付の人には効くかもしれないから。

 「解ったわ。じゃあサチコ、お願いね」

 「はい、シャイナ様」

 「ヨウコ、メイクが終わったらヘアメイクもお願い。パーティー用にちょっと豪華にしてもらったけど、今回はいつもの感じでね」

 「あっ、それなら私もいつものシニョンでお願い!」

 「「畏まりました」」


 こうして準備を進め、アルフィンたちはいよいよバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下との会談に挑むのだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 色々難しく考えてしまいそうになりましたが、アルフィンはあくまでただの一般人であり、元プレイヤーの一人でしかありません。
 知恵者でもなければ本当の女王でもありません。
 それに元々がエンジョイ勢で楽しむ事を一番に考えているのですから、自分の立場を思い出せば「まっ、何とかなるかぁ」と言う思考に行き着くのが当たり前だと思ってこの様な展開になりました。

 さて、いよいよ次回から皇帝との会談です。
 どうなる事やら。


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